徳永さんよりの情報



徳永さんより、本当にありがたい情報をいただきましたので、他の「依光姓」の方にもお役に立っていただきたいと思い、改めて記述します。

下野尻 依光氏へのコメント

だんだん面白くなってきました。石碑の主の「依光良馨(よしか)」サンが、情報主です。まさしくその方が、ご自分のご先祖のために建立されたものです。間違いないです。

依光家のご先祖は「源氏」ですが、清和源氏の流れをくみます。古くは桓武天皇が奈良で即位し、長岡京に遷京し、10年後に平安京に遷京した。806年に没した。その間インド人(天竺人)が、現愛知県に漂着し、このあたりは吉良庄天竺部落と呼ばれた。

依光家の先祖の細川家の一族が鎌倉初期にこの一帯を領地としていた。一族の中の一人がこの天竺部落に住んでいたので、地名をとって天竺姓を名乗った。

56代清和天皇は父文徳天皇が急死したため、9歳で即位した。藤原鎌足の子孫と結ばれ、陽成天皇の兄弟の貞純親王から始まる清和源氏の系譜につながる。

河内源氏に流れ、初代の足利姓へ移り、後に細川姓を名乗り、細川義季へと継がれていく。この間、源頼朝の本流とは血のつながりはないが、どうも源頼光の名から音をとって「依光」と名乗ったのではないかとしている。

なぜなら、応仁の乱から10年後一時期、細川天竺姓から、中村姓(中村花清)になっている。土佐の土豪山田城主山田元義に仕官するに妻子、「依光」を名乗った。そのときの様子から、土佐大津城が落城し、城主細川天竺花清が、土佐四万十川畔の中村城に逃げ込んで、中村姓にした。その後3代を経て山田城に仕官することになったとき、思い立って、源氏の祖先に思いをはせ、いまさら源では変だろうから、義家か頼光がよいのでは?と思って、その音から「依光」としたのではとと、勝手に(?)考えているようである。

その後土佐の4代目の中村花英には3人の子供がいて、長男:中村三郎左衛門は、跡を継ぎ、隣部落の楠目(くずめ)に移住して、楠目城(山田城)の山田丹波守に仕官した。次男は中村(孫三郎)左門は、天文十年中村姓を依光姓に改姓した。三男もすでに依光を名乗っており、幸右衛門というが、記録が残っていない。天文18年には楠目城は長宗我部国親に攻め落とされた。このとき依光左門は主君を守り、物部川の上流の窪(久保)(現物部村久保部落)に逃げている。このあたりが、依光姓としてあらわれている。

そののち君主が没した後、香北町美良布に移住。45歳で没する。戸賀にある釈迦堂の東側の谷の東岸に「今若宮神社」なる依光家の氏神様として祭られている。6月18日と9月18日が祭日である。

さあ、この依光左門には。土佐山田郷に住む3人の甥がいた。いずれも左門の兄、中村三郎左衛門の子であったが、すでに依光と改姓していた。依光内蔵之進(くらのしん)、越中守、清兵衛といい、長宗我部元親に仕官した。折もおり、本能寺の変前夜である・徳島の中富川で戦死する。次男も島津と戦いに敗れ討ち死にした。本日はここまでです。
Posted by 徳永 at 2006年03月13日 19:22



2006年03月12日へのコメント

追加です。依光良馨さん曰く、土佐あるいは土佐以外でも依光姓は分家であろうとのこと。彼の本からは、①昭和一桁の頃、国会議員で、高知県高岡郡出身の弁護士あがりの人がいた。②播磨屋橋のたもとにかまぼこ屋の看板がある。③土佐山田駅から東へ2キロほどの楠目部落にある大きな瓦屋が「依光瓦屋」という大きな看板を出している(こここそあなたのところではありませんか?)。④東京都中野区の教育長が依光姓である。⑤東京青梅市立総合病院の産婦人科医師が依光姓である。⑥東京都羽村市第一中学校好調が依光姓である。電話でねたら、香北町の韮生部落に移住してきた「依光酒店」の子であるが、4代前の祖先の名前以上はわかりませんとのこと。筆者の依光さんは現在95歳である。

彼がこの家系図を究明していくことは困難であるから、依光家の若者達によってルーツ究明を願うとしたためている。いやしくも従二位右近少将という位を得た人であるから、ぜひ探し出し、突き止めて欲しいと懇願していることをお伝えしたい。
Posted by 徳永 at 2006年03月13日 20:08


上記写真は、
「歴史群像シリーズ29 長宗我部元親 学習研究社」

この本から知ったことが、私の山田氏に関するほとんどです。

徳永さんの情報は、本当に貴重な内容で本当にありがたく思います。

上記本では、

天文16年(1547) 一条房基の支城大津城落城(天竺氏)
天文18年(1549) 山田城落城(山田氏)

が読み取れます。

山田氏滅亡のいきさつも若干記述がありますが、またあらためて。


この記事へのコメント

依光真美
2010年10月08日 06:28
初めてコメントを書かせていただきます。小さい頃から依光というのはとっても珍しく、あまり聞かないため、一体どこから来ているのか気になっていました。上の記事で胸のつかえがとれた気がします。ありがとうございます。ちなみにうちは祖母が高知の人だそうです。

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